朝食後の授業も終わり、ずっと雲の合間に隠れていた太陽が顔を出し始めた。
快晴とはいえないが、そのわずかな陽の光ですら今の野島憩(5番)には頼もしく思えた。
まだかな…――。
さきほどから頭の中に浮かぶのは、久しく会う想い人の顔。
病室のベッドの上、広げた計算ノートへ走らせるペンは遅い。とてもじゃないが勉強に集中できる状態ではなかった。
「そういえばさあ、今日先生来なかったよねー」
「…え?」
その憩の間の抜けた返答に狭山夕子(3番)はあきれたような表情をした。
すっかり上の空になっていて夕子の声を聞き逃してしまったらしい。憩は慌てて「ごめん!なに?」と聞いた。
「なんでもないよっ。もうすぐじゃない?貴君来るの」
夕子は、今の憩に他の話をしても無駄だと悟ったようだ。憩の胸中を見透かしたようにニヤリと笑みを浮かべた。
「うん。たぶんもうすぐっぽい…。やばいんだけど!緊張してきた…」
「平気だよお。いつものように接すればいいじゃん」
そうは言われても好きな人の前だと上手くいかないのが乙女心というものだ。
それに比べ夕子は金井拓斗(2番)の前ではいつも自然体――
むしろ彼と話している時が一番明るくのびのびしているように見える。
もしかして夕子が拓斗を好きというのは憩の思い過ごしで実際はそんなことないのだろうか?
こればっかりは本人に聞くしかないのだが、聞いたところではっきりと答えてはくれない気がした。
「うっ」
突然、ズキンと頭が疼くような痛みを感じ憩は思わず声を出した。
「ちょっと、大丈夫?いつもの?」
夕子の心配そうな声に憩は頷いた。時々貧血になる憩は、貧血とともに頭痛も併発し寝込んでしまうことがある。
数時間痛みと戦いベッドの上で眠っていれば治まるのだったが。
「寝てたほうがいいよ。憩いつもツライツライ言ってるじゃん」
そう言いながら憩が今までやっていた計算ノートを片付けだし、憩が寝るための準備をする夕子。
気持ち悪さと頭痛に顔を歪めながらも、その夕子の面倒見の良さを憩はありがたく思った。でも――
「いいの。夕子。あたし寝ない」
その予想外の返答に驚いたのか夕子は『えっ!?』と素っ頓狂な声を出した。
普段の憩ならこの頭痛が始まると同時にベッドの上で呻きながらなんとか眠りにつくのだったが、
今日はそういうわけにはいかない。頭痛なんかに、負けているわけにはいかなかった。
「…気持ちは分かるけどさあ」
夕子の言葉を遮るように首を横に振った憩の目には頑固な光が宿っていた。そんな憩を見かねたのか夕子は
『やれやれ』というような表情をし「わかったよ」と頷いた。
その時――

「憩!」
嬉々とした表情の金井拓斗(2番)が病室のドアを開け飛び込んできた。
その拓斗を見ただけで、彼が言わんとしていることは明白だ。
予想通り拓斗はニヤリと笑い「来たぞ!」と廊下を指差す。
その拓斗の言葉に憩は、待ってましたと言わんばかりにベッドを飛び出した。
頭痛は先ほどより酷くなっている。けれどずっと待っていた彼に会えるのだから気にしている場合ではない。
病室の引き戸を開け廊下へ出ようとしたその瞬間、体が何かにぶつかるのを感じ後ろへ尻餅をついてしまった。
「あ!ごめん!」
その声にハッと顔を上げる。憩の顔を心配そうに覗くのは紛れもなく山村貴だった。
「ひ…久しぶり…」
なんとかその言葉だけを発した憩の顔は真っ赤に染まっていた。





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