時間というものは結構早く過ぎるもので、楽しい時はもちろん、
例えば退屈な会議なんかでも、『退屈だなー』と思っていれば
気づいた時にはもうすぐ終了という時刻になっているものだ。
その証拠に、この会議が始まったころには空の高いところまで上っていた太陽が
今ではもう地平線へと沈みかけている。冬の近づくこの季節は日が落ちるのも早い。
蛍光灯のついた部屋から窓の外を見れば、そこには鮮やかなオレンジ色の世界が広がっていた。
「各自しっかりと手元の資料を確認しておくように。
今回のプログラムは異例の処置ではあるが、逆に通常のものと比べると楽なものなっているだろう」
少しぼんやりしていた意識が、その大きな声によって現実に引き戻される。
ここはしっかり話を聞いていなけらばならない。
「しかし、本当にこのプログラムを実施するのですか?
いくら本来選ばれたクラスの子供に、プログラム実行委員会の部長の娘さんがいたからって――。
普通、例外や特別処置は無いのではないですか?」
勇敢にも、今回の特別プログラムについて意見した者がいたらしい。
しかし『早く会議を終わらせたい』と思っている者が大多数な中、
会議の終了を遅らせるような彼の発言は快く思われず空気は一瞬にして悪くなった。
「前にも言ったはずだが、このプログラムはかならずしも“対象クラスを変更した”ということにはならない。
それに、本来なら30人が参加するのに対し、7人にまで減るんだ。
少子化が進んでいる現在、全く問題では無いだろう。それどころか喜ばしいはずだ。それに――」
ヒンシュクを買った彼から自分の方へと、皆の視線が移動するのを感じた。
思わず姿勢を正し、顔を上げる。しっかり話を聞いています、というアピールだ。
「今回、担当教官としての仕事を初めて行う彼にとっても丁度良い人数だろう。
いきなり大人数を担当させるよりも、こうして少人数から慣れさせていったほうがいい」
そう、このプログラムは、今回担当教官デビューを果たす自分のためにあるようなものだ。
わざわざそのためにこうした特別処置をとってもらっているのだから、
しっかりと仕事をこなさなければならない。
「今回、初めての担当教官としての仕事になります。
ミスの無いよう、しっかりやりますので、どうかよろしくお願いします」
緊張して噛むかと思ったが、どうやら舌は上手く働いてくれたみたいだ。
少しほっとしながら席につく。あの意見した彼も、「わかりました」と言って座った。
ほどなくして解散が告げられ、さきほどまで静まり返っていた会議室は
席を立つ音や上着を着る音、談笑などでいっぱいになった。
決行は五日後――。これが最終確認の会議であった。
「おい、初めての教官なんだろ?緊張してるか?」
「まぁ…」
いつも何かと声をかけてくれる同僚だった。
彼は教官としてでは無く会計士として働いている。
何かと面倒見がよく周りからの信頼も厚い彼には好感を持っていた。
「気楽にいけよ。まぁ、あんまり気ぃぬきすぎても仕方ないけどな。あ、あとさ、気をつけろよ」
急に声のトーンを落とし、ニヤリと笑う。
その彼の表情は不安を煽るようなもので、思わず身構えた。
「な、なに…?」
「あ、いや、別にそこまでびびる必要無いって!
ただな、最近反抗してくる生徒や脱出を目論む生徒に教官が殺されるってこともあるんだよ。
それに担任の先生にプログラムを告知する時も、先生がキレるって場合もあるみたいだし。
ま、そんなのこっちのが圧倒的に有利なんだし、平気だと思うけどな――って、まじでびびってる?」
「ぜ、全然。平気平気」
そう言った自分の眼は確実に泳いでいたと思う。
その後「頑張れよ」と手を振り彼は帰っていった。無責任に恐怖を植えつけていった彼を憎らしく思う。
せめてその後に、「まぁ、そんなの3年に1回くらいだけどな」とか付け足してくれればよかったのに。
五日後は命日になるかもしれない。それまでに、やりたいこと全部やっておかないと。
まずは美味しいものをいっぱい食べて、それから――。
オレンジ色に染められた道を、色々考えながら一心不乱に歩いた。
心を覆いそうになる不安を蹴散らすように。
気づけば大人の街に足を踏み入れていて、慌てて帰路についた時は時計が二周りしていた。




モドル  進む

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送