日の光に染まったカーテンが教室内へと広がる。 暖かい風と柔らかい日の光が降り注ぎ、山村貴は思わず目を細めた。 青い空が広がるこの天気の良さ。そして食後の数学の授業。 一眠りするのには申し分無い条件が揃っていた。 ダメだ、寝ちゃダメだ――。自分の頬を軽く平手打ちしてみたが、そんなもの睡魔の威力に比べたらなんでもない。 授業が終わるまであと三十分。ここで寝てしまっては、今まで頑張って起きてきた努力が無駄になる。 次に出る成績は、高校進学に関わってくるものだ。居眠りなんかで評定が下がってはたまらない。 だから寝ちゃダメなんだ――。 「おい、山村!おい!」 強く肩を揺すられ、ハッと顔を上げる。授業が終わって五分が過ぎていた。皆帰り支度をしている。 やってしまった。居眠りをしたことへの後悔がどっと押し寄せる、が目の前の相手はそんな貴の気持ちを知る由も無かった。 「聞いてんのか?俺ら今日バスケしに行くんだよ。そういうわけだから掃除変わってよ?いいだろ?」 来た。まただ。貴は何も言えずに俯いた。 いつもそうだった。彼らは、嫌なことを何でも押し付けてくる。 はっきりと断れない自分も悪い。そうやっていつも言い聞かせて、惨めな気持ちを紛らわしていた。 「おい、山村。聞いてんのかよ?いいよな、ありがとー」 いいなんて、一度も言ってない。心の中でそう呟いて、拳を強く握り締めた。 「ねぇ、貴ー」 高い声が自分の名を呼ぶ。顔を上げると、先ほどの連中を押しのけて、一人のクラスメートが貴の机の前に立っていた。 水瀬智子だ。貴に掃除を押し付けようとしていた奴らは智子に対し何か悪態を吐きつつ、どこかへ行ってしまった。 彼女の茶色に染めた髪からか、彼女のつけた香水か――何か良い香が貴の鼻腔をついた。 「なに?」 「いや、明日さぁ、部活行こうと思って」 高校進学の、特に前期選抜の際部活に入っているかどうかは結構重要なポイントとなってくる。 だから貴が部長を務めるボランティア部なんかに、席だけを置いている者は少なくない。 智子もそのうちの一人だ。以前何故出席しないのに入部しているのかを聞いた時智子は 『だってめんどくさいじゃん』と答えていた。その智子が参加しようと自分から言ってきたのだ。 明日は近所の病院に入院するお年寄りへの訪問だったが、雪が降るかもしれないので傘を持っていこうと貴は思った。 「どうして?珍しいよね、水瀬さんが自分から行くっていうなんて」 「そうなの。だってねぇ、先生に聞いたら部に入ってる以外に、活動実績も調査書に書かれるっていうの。 あたし内申無いからそういうとこで点数稼がないと、って思って」 やっぱり。今の時期皆成績を上げたり点数を稼ぐことに必死だ。なんといってもあと二ヵ月後には志望校決定。 そしてのその進学先を選択するにあたり、今の行いとそれに伴った来月に出る成績表は非常に重要なものになってくる。 少しでもプラスになることをしよう、そう考えるのは全国の中学三年生皆同じだった。 まぁ、理由はともあれいつも自分一人しか参加していなかったボランティアに人が加わるのは嬉しい。 智子とはそこまでたくさん話したことは無かったが、これを機に友人として仲良くなれるかもしれない。貴は快く頷いた。 「うん、わかった。明日朝8時半にバス停で待ち合わせね」 「オッケー。結構朝早いんだね。あたし普段土日は10時過ぎに起きてるからさ、遅刻したらごめんねー」 そういうと智子は貴の席を離れていった。 そういえば――。彼女がいなくなり、貴は気がついた。 さっき自分が掃除を押し付けられそうになっていた時、智子は丁度良いタイミングで話しかけてきてくれた。 あれは偶然だったのだろうか?もしかしたら自分を助けてくれたのでは? そう考えるのはちょっと自意識過剰なのだろうか。けどどちらにしろ、智子が話しかけてくれて嬉しかった。 中学生なのに髪を染め派手な格好に化粧をした智子。そんな見た目とは裏腹、優しい女の子なのかもしれない。 明日も、良い天気だといいな――。 のどかな昼下がり、貴は窓の外に広がる青い空を見ながらそんなことを思った。 モドル 進む |
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