朝の冷気に包まれた人気の無いバス停に、白い息が立ちのぼる。
十月半ばの今日は、普段以上に気温が低いそうだ。空も寒さに比例するように重い色をしてる。
山村貴は冷える手をこすり合わせ、息を吹きかけた。
現在時刻は午前七時半。普段の土曜なら夢の中にいる時間帯だが、
ボランティアでやや遠めの病院まで派遣に行く今日は
なんとか夢からの脱出を図りここまで来なければならなかった。
それは自分だけではなく、先日参加表明を出していた水瀬智子も同じはずなのだが――
智子よりも早くバスが着いてしまうようだ。向こう側の道路から市営バスがやってくるのが見える。
あっという間にバスは貴の目の前に止まる。しかし貴が乗り込まないのを見て、すぐにバスは発車し見えなくなった。
いつも時間に余裕を持って行動するよう心がけているから、このバスに乗れなくても問題無い。
けれど心配性な貴は、「遅刻したらどうしよう」と思わずにはいられなくなってしまっていた。
大丈夫大丈夫。確かこの後も頻繁にバスは来たはず。昨日調べたんだから間違いない。
貴は座っていたベンチから腰を上げ、念のため時刻表を確認しに行く。 目的のバスの次の到着時刻を見る。
次は、四十五分――つまり十五分後にバスは来るようだ。 よかったよかった。
この間に智子に連絡を取って来てもらえば間に合う。 病院まではバスに乗り二十分。八時半に集合だから、結構早めに向こうに着きそうだ。 ほっと安堵の息を吐き、ふともう一度時刻表を見る。何か感じた違和感。
もう一度目をよく見開き時刻表を見た。
「あ…今日土曜日だった…」
自然と漏れた声。平日と比べ明らかに少ないバスの数。
貴は大変なことに気がついた。さっきから見ていたのは、平日の欄だった――!
「でも、でも大丈夫!きっと土曜でもバスは来――」
次の到着時刻――八時十五分。
がーん、というよくマンガに出てくる音が、貴には聞えたような気がした。

「おはよー!貴!ごめん、遅れちゃって!――貴?」
背後から聞えた明るい声に思わず勢いよく振り返る。
予想通り、いつもの派手な智子が立っていた。完璧な髪型に完璧なメイク。
それやってる時間あったら絶対間に合っただろ――!!
思いっきり突っ込みそうになったが、時刻表を間違えた自分にも非があるのは明白なので心の中だけにしておいた。
「あ、次バスいつ来るの?」
「十五分…」
「十五分後?」
「八時十五分」
「集合時刻は?」
「八時半」
バツの悪そうな顔をすることもなく、智子は「ふーん」と言った。
もう仕方が無い。遅れてしまってごめんなさい、と貴は心の中で謝った。
「ねぇ、寒くない?」
ふいに智子が貴の顔を覗きこむ。長身の智子は小柄な貴より背が高い。
少し首を曲げた智子の髪がさらっと流れた。
「え、うん。まぁ今日は寒いね」
「はい、これ」
智子に差し出されたビニールの袋。表面には『ホッカイロ』と書いてある。思わず貴は智子の顔を見つめた。
「え、あ、ありがとう」
「それ、貼るタイプだからぁ。ズボンの下とかに貼っておくといいよ」
開封し、学ランの上着をめくり、kシャツの上から丁度へそのある辺りにそれを貼った。
まもなく温まり始めたそのホッカイロは、暖かいバスの乗車するまでの長い間貴の腹を温め続けた。






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