「ホントあんたってわかりやすいよね」
そう言われるのも無理は無い。昨日辺りからずっとそわそわしているのは 自分でも自覚している。
今まではボランティアの活動が無い日でもたまに顔を出してくれていたが、
受験が近くなったここ最近めっきりと顔を合わせる機会が減っていた。
この病院のお年寄りの方との交流が終わったら、いつもの笑みを浮かべ彼はすぐ会いに来てくれるはずだ。
野島憩(中村総合病院院内学級5番)は、久しぶりに会う想い人の顔を浮かべ、 にんまりと笑った。
彼がボランティアの活動を終えここに来るのは十時くらいだ。
それまでにちゃんとした服に着替え、髪のお手入れを済ませ、会うのに万全な状態にしておかなければ。
そう意気込んでいる憩を見て、またもや狭山夕子(3番)は苦笑した。
「憩のそういうとこって、ちょっと可愛いわー。っていうか、憩って見ていておもしろい」
「えー?おもしろい?だってさぁ!久しぶりに貴君(山村貴)に会えるんだよ!?
もう楽しみで楽しみで仕方が無いよ〜〜!!あ、そういえば前から思ってたけど、夕子には好きな人いないの?」
子供っぽい自分とは正反対に、夕子は大人でしかもしっかりしている。
(見た目からしてそうだった。小柄で童顔な憩とは反対に、背こそ高くないものの夕子は大人っぽい顔つきをしている)
だからか夕子はあまり、恋の話とかそういう話を自らしない。いつも聞き手に周ってくれるのだったが、
憩は夕子の好きな人が気になって仕方が無かった。そして、夕子は話さないだけで絶対好きな人はいるだろうと睨んでいた。
「あたし〜?あたしの好きな人はねぇ…憩だよっ!」
「気持ち悪っ!そうじゃなくってぇ、教えてよ〜!」
その時突然病室の引き戸の開く音がし、憩は口をつぐんだ。
恋の話は、親しい者どうしだけでする、神聖な話なのだ。簡単に誰かに聞かれてはいけない。
病室に入ってきたのは、やや長めの茶色い髪を持った俗に言う“イケメン”――金井拓斗(2番)だった。
憩と夕子は二人きりで同じ部屋だったが、拓斗は隣の男部屋だ。拓斗の他に二人、同い年の男がいる。
この病院に入院する中学三年生は全部で五人。これは結構多いほうなのだろう。
憩は生まれつきの病気で長いことこの病院に入院しているが、拓斗も入院歴は長いほうだ。
隣の部屋になったのは今年の一月くらいからなので入院してきた当初のことは知らないが、
もう一年近くはこの病院に入院しているらしい。夕子は三ヶ月ほど前にこの病院に来たので、
なんだかんだ拓斗とは夕子以上に付き合いが長かった。
「お前ら、早く来いよ。もう朝ごはんだぞ」
「あ、そうだった!あたしまだ着替えてないよ〜」
「いいから来いって。二人が来ないと食えないんだから」
拓斗に急かされ二人はそそくさと病室を出た。食事は入院している子供全員が同じ部屋で一緒に食べるのが決まりだった。
小学校の給食のようだったが、憩はそれが嫌いではなかった。お喋りをしながら皆一緒に食べるのは楽しい。
中三だけではなく、もっと年下の子たちとの交流も出来るのも良い所だった。
食堂につくと、決まった席に腰をかける。憩、夕子、拓斗は近い席で、いつも一緒に話していた。
拓斗は異性二人に囲まれて嫌じゃないのかと思ったことがある。そこで以前、その疑問をぶつけてみたら、
「あの二人はなんかとっつきにくくてさ」
という返事が苦笑と共に返って来た。それは決して同い年の男二人を嫌っているのでは無く、
むしろ向こうがこちらを嫌っているようだった(だからと言ってその二人が固まるわけではなく、いつも一人でいた)
その二人のうちの一人――浅間伸哉(1番)は、この食堂に来ていない。
全員揃って食事をするのが決まりではあったが、彼は例外だ。男には珍しい拒食症の伸哉は、
初めて見た者は目を背けてしまうほど痩せていた。憩も割と細身なほうだったが、
伸哉とは比べ物にならない。憩は伸哉を見るたびに、いつか倒れるんじゃないかと心配していた。
そしてもう一人の男――高田涼太(4番)は今、三人とは離れた席で一人無言でパンを口に運んでいる。
彼がこの病院へやってきたのも最近だ。なんでも、自動車事故により大怪我を負ったとか。
その証拠に、彼は車椅子に乗っている。その事故のショックなのか元々の性格なのか、
涼太は誰とも話さず一匹狼を貫いている。一刻も早く足を直したいらしく、
医者に止められるくらいリハビリ室に通っていることは入院する子供達の間で有名だった。
小柄で童顔な涼太は一見すると話しかけやすそうに見える。
しかし実際に声をかけた拓斗は、見事なまでに無視を決め込まれたらしい。基本明るく人懐っこい拓斗だが、
それ以来涼太に話しかけることは無くなったそうだ。
「そういや今日授業だったよね?」
ふと思い出し口にしたのは院内学級のことだった。これは中学生が学年別に教えてもらえる授業で、
今日は中学三年生が対象の日だった。参加は必須ではないので五人全員揃うことは滅多に無かったが。
「えー、めんどくさいから俺今日行かないわ」
そう言って拓斗は参加しないことが多く、憩と夕子二人だけの場合が多々あった。
しかし夕子は拓斗を参加させたいようで、いつも参加するように説得している。
「何言ってんの!入院してる間にどんどん馬鹿になるよ!もうすぐ受験なんだからちゃんと勉強しなきゃ!」
「いいよいいよ。夕子が俺のぶんまで勉強しといて」
「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと来てよね!わかった?」
熱心な夕子に根負けしたのか、拓斗はめんどくさそうに「はいはい」と頷いた。
「それでよし」と満足そうな表情を浮かべる夕子を見て、憩の頭に考えが過ぎった。
もしかして――夕子が好きなのは拓斗なんじゃないの!?
まだ確定じゃないけど、その可能性はかなり高いと思う。何かと拓斗の世話を焼いているのは夕子だし、
思えばいつも夕子は拓斗を目で追っている気がする。拓斗と話しているときの夕子は一際楽しそうだし。
――隠したって無駄だもんね〜。夕子の秘密知っちゃった!
大人っぽいと思っていた夕子が、実は意外とわかりやすい自分と変わらない普通の女の子なんだと気づき、
少しばかり誇らしい気分になり、嬉しくなった。
「憩、何ニヤニヤしてんの?」
夕子が怪訝そうに問う。それに対し憩は、勝ち誇った笑みで、「別に〜」と答えた。
あとで夕子のことからかってやろう。そう思うだけで可笑しくて笑ってしまったのだった。




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